なにかが見えてくる
おじさんの戯言 (たわごと)
風に立つライオン

 先日ボーイスカウトの活動で、カトリック教会を母体とする団が集まって行なう合同のミサに参加した。その中で、子供たちに向かって、司教さんが次のように話された。

 「皆さんは今日暑い中、リュックを背負って、スカウト活動に参加しています。重いリュックを背負って、暑い中汗を流して、このような活動に参加するより、USJへ行く方がずっと楽しいと思う人もいるでしょう。また、リュックを背負って、暑い中わざわざ出かけるより、エアコンの効いた家の中で、お菓子を食べながらゲームをしている方がずっとずっと楽で楽しいと思う人もいるでしょう。ある意味そうかもしれません。でも、エアコンの効いた涼しい家の中でゲームをする楽しみや喜びは、例えば、お母さんに、もうそろそろやめて勉強しなさいとか、少しはお手伝いしなさいとか言われて中断することになると、今までの喜びは一瞬にしてすべて消え去り、嫌な気持ちだけが残ることになります。そういう喜びは本当の喜びではありません。それに対して、次のような場合はどうでしょう。
 ある高校生からこんな話を聞きました。その人は朝から学校で勉強をし、放課後はクラブ活動をし、そのあと塾へ行ってまた勉強をしと、くたくたに疲れきった一日だったので、家に帰る電車ではどうあっても座りたいと思っていたそうです。電車に乗ってみると、人は多かったものの、何とか席が空いていて座ることができました。体が楽になり、ほっとして自然と目がふさがりました。次の駅に着いたとき、何となく目が軽く開き、何となく辺りを見ると、大勢の人が乗ってきていて、その中に老人の姿も見えました。あいにくもう空いている席はありません。老人は仕方なく隅のほうで、手すりを持って立っていました。その高校生は、自分もへとへとに疲れているので、その時目をつぶって気づかないふりをすることもできました。そうしたからといって、誰からも大きな非難を浴びることはないでしょう。それほど大きな罪悪感を強いられることもないでしょう。しかし、その高校生は老人に声をかけ、席を譲ることにしました。老人はお礼を言い、微笑みながら腰掛けました。高校生は吊革を持って立っていると、何か不思議な感じを覚えたそうです。体はくたくたなので、立っているのはつらいけれど、どういうわけか、気持ちは晴れ晴れとしてすがすがしいのです。体の疲れが吹っ飛んでしまうほど、気持ちははつらつとしていたのだそうです。これが本当の喜びというものではないでしょうか。そういう喜びは一時だけのものではなく、持続し、いつまでも心の中に生き続けるのです。皆さんには、スカウト活動を通して、そういう喜びを経験してほしいと思います。
 また、こういう話もあります。ある女性がテレビでアフガニスタンの子どもたちの置かれた状況を見て、居ても立っても居られなくなり、単身アフガニスタンへ飛んで、アフガニスタンの子どもたちのために力を尽くしたということです。もう一つ、歌にもなっていますが、ある青年医師が、日本にいれば安定した社会的地位や収入が保証されているにもかかわらず、単身日本を離れ、アフリカの子どもたちのために小さな診療所で治療を続けたということです。歌では彼にこう言わせています。「つらくないと言えばうそになるけど、しあわせです」と。そういう喜びを経験してほしいのです。自分のためではなく、人のために何かをすることにより得られる喜び、そういう喜びもあるということを知ってほしいのです。スカウト活動を通して、そういう喜びを身をもって経験してほしいのです。そういう意味で、皆さんのスカウト活動が、立派に大きな実を結びますように願っています。」

 この青年医師の話を聞いて、すぐさまそれが「風に立つライオン」だと分かった。おじさんの大好きなさだまさしの大好きな歌である。日本に残してきた女性に宛てた手紙の形で書かれているこの歌を味わってもらうために、ここにその歌詞を紹介する。ぜひこの壮大な歌を聴いて、さだまさしのファンになってほしいとおじさんは思う。


風に立つライオン     作詞・作曲 さだまさし

突然の手紙には驚いたけど嬉しかった
何より君が僕を怨んでいなかったということが
これから此処で過ごす僕の毎日の大切な
よりどころになります ありがとう ありがとう

ナイロビで迎える三度目の四月が来て今更
千鳥ヶ渕で昔君と見た夜桜が恋しくて
故郷(ふるさと)ではなく東京の桜が恋しいということが
自分でもおかしい位です おかしい位です

三年の間あちらこちらを廻り
その感動を君と分けたいと思ったことが沢山ありました

ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが
一斉に翔び発つ時 暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪 草原の象のシルエット
何より僕の患者たちの 瞳の美しさ

この偉大な自然の中で病と向かい合えば
神様について ヒトについて 考えるものですね
やはり僕たちの国は残念だけれど何か
大切な処で道を間違えたようですね

去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました
こんな処にもサンタクロースはやって来ます
去年は僕でした
闇の中ではじける彼等の祈りと激しいリズム
南十字星 満天の星 そして天の川

診療所に集まる人々は病気だけれど
少なくとも心は僕より健康なのですよ
僕はやはり来てよかったと思っています
辛くないと言えば嘘になるけど しあわせです

あなたや日本を捨てた訳ではなく
僕は「現在(いま)」を生きることに思い上がりたくないのです

空を切り裂いて落下する滝のように
僕はよどみない生命(いのち)を生きたい
キリマンジャロの白い雪 それを支える紺碧の空
僕は風に向かって立つライオンでありたい

くれぐれも皆さんによろしく伝えて下さい
最後になりましたが あなたの幸福(しあわせ)を
心から遠くから いつも祈っています

おめでとう さよなら


 この壮大な歌の余韻に浸りながら、"Amazing Grace" の旋律とともに、司教さんのお話の紹介を終わることにする。
(2012)


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